仕事

仕事という仕事がうまくいかなかった。

考えてみると、言われてやるような仕事ばかりだった。

それでも自分に合いそうなものを探し、仕事の面接を受けた。

だが、ことごとく落ちた。
筆記がほぼ満点でも落ちたことがある。
なら筆記を出すな。

一人暮らしで金が底をつきかけたので、避けていた体力系や接客系も視野に入れざるを得なくなった。

すぐ受かるが、案の定すぐ辞める。
辞める、就くのサイクルが短い。

結局何ともなってない。

死ぬことを考えることも多くなった。
どうせ認められない。

後ろを振り返れば、社会人人生はつまらないことばかりだ。

ラクな生き方とは(1)

今、無職の状態だ。

職が無いと仕事のことを考えてしまう。正直仕事は嫌いだ 。サラリーマンしかやったことがないが、人の話に付き合う必要があるし、業務上求められてることが分からない。

それどころか、無駄に人脈に振り回され、自分の存在感のないままに終わる。

ほとんど苦しかった思い出しかない。とりあえず生活するために働いていた。

ラクに生活はできないのだろうか。

結局何にもなってない

僕は将来の役に立つと思って、学生時代から勉強をしてきた。だが、結局なんにもなっていない。

何も信じることできなかった。親も友達も、果てには自分自身もだ。

何も興味がないし、生きてても無駄だとも思える。

死のうとしたときもあるけど、その度胸もないことも知った。

正直休みたい、許してはくれないだろうけど。お金が続かないけど。

でも苦しんでるのに、手を差し伸べない社会も悪いし、自分勝手な人間もどうかと思う。一人ではどうにもならない。

絶望の綱渡りはいつまで続くのか。

多分死ぬ度胸がつくまでだと思う。

表現方法の欠如

皆さんは言いたいことを表現するとき、どうするだろうか?

多いのは実際に話す表現だろう。

人によっては言葉を文字にしたり、図形や絵を用いたり、形をづくることもある。

筆者はどの方法も必要最低限しか使ってこなかった。使う必要がなかったと言ってもいい。

最も使わなくて済んだのは高校受験のときだ。国語の一部の問題を除けば、自分の学んだ知識を吐き出せばよかった。正直単純で楽だった。やった分だけスコアになったし、自信にも繋がった。

実は中学の時でも、表現方法の無さが暗い影を落としていた。美術と技術の存在だ。

美術は絵を使っての表現が求められた。描きたい絵が思い浮かぶのが「普通」なのだろうか?描かなければいけないので無理やり始めるが、表現力も無いため恥をさらす結果になる。

技術は手を動かして、物を作ることを求められた。木の椅子を作ったときは立体的な答えが示されてるのに、作ることができなかった。もどかしかった。はんだ付けのときは付け方が分からず、結果的に基盤を壊し修理に出すハメになった(未だに戻ってきていない)

ただ音楽は、何とかなっていた。当時はソプラノだったが声は大きく出ていたし、地区の発表会で男子で1人だけソプラノで出ていた。成績にも影響がなかった。

そもそも実技教科は、表現方法が分からないと何ともならない。教える側は指導するなら初歩的なテーマ選びから基本的な技法の習得を目指してほしい。もしくは指導できないなら、他事をやらせるようなシステムを用意してほしい。